英語に関する知識をつめこみ!「マナブ英会話」

 

 

「マナブ英会話」 歴史

1204年、フランスとの戦いに敗北したジョン王はフランスの領土をほとんど失います。多くの貴族たちはイングランドに残る選択をとり、このあたりから彼らにイギリス人としてのアイデンティティが芽生えはじめます。その後、百年戦争(1337−1453)の際に敵国の言葉であるフランス語は権威を喪失し、公用語としての地位を失います。一方、英語は1483年にエドワード4世が議会での法案を初めて英語で起案するなど、その地位が向上しました。この間、大量のフランス語の語彙が英語に流入するようになります。英語が主流になるにつれ英語に不足していた語彙がラテン語、フランス語経由で入ってきたためです。文芸面ではチョーサーが「カンタベリー物語」などの作品を英語で残しています。英語の地位は確固たるものとなりましたが、文法的整備にはもう少し時間が必要でした。  

この時期(1100−1500年)の英語を「中英語」(ミドルイングリッシュ)と呼びます。文法的に他のゲルマン諸語と比べて簡素化が進み、語彙的には大量のフランス語が流入しました。15世紀には大母音推移という現象が起こり、これ以降、発音とつづり字の不一致という英語特有の現象が起こる事となります。この時期に近代英語の原型はほぼ出来上がったと見ていいでしょう。

絶対主義体制が固まる中でイギリスは北米、オーストラリア、インドなどを植民地化し「大英帝国」を築きます。これを機に英語圏が世界中に広がる素地ができました。中でもイギリスから独立したアメリカ合衆国の台頭がその後の英語の国際的地位に多大なる影響を与えたことは言うまでもありません。

英語圏は世界中に広がり、米語、英語、インド英語、オーストラリア英語…という風に様々な英語のタイプが生じました。英語の標準はイギリス英語という考えは薄くなり、それぞれの民族が独自の文化背景に溶け込んだ英語を話すスタイルが確立したと言えます。英語は当初から様々な言語の影響を柔軟に受け入れ、変化していった言語です。こういった歴史的背景に他民族に受け入れられる素地があったと言っていいでしょう。
これが英語の始まりの有力な説だと言われているようです。

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最終更新日:2019/2/28